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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)938号 判決

控訴人(原告) 大阪ゴム工業株式会社 破産管財人 高原順吉

被控訴人(被告) 大阪市生野区長 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人大阪市生野区長との間で同被控訴人が昭和二八年一二月二六日原判決添付物件目録記載の物件について行つた公売処分は無効であることを確認する。控訴人と被控訴人山田長太郎との間で右物件は破産者大阪ゴム工業株式会社の所有であることを確認する。同被控訴人は、右破産会社に対し右物件についてなされた昭和二八年一二月二六日公売による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、

控訴人の方で、

(一)、被控訴人山田は、原判決添付物件目録記載の不動産(以下本件公売物件という。)を買い受ける資格がない。被控訴人山田は、破産者大阪ゴム工業株式会社(以下破産会社という。)の代表取締役であつた五百蔵義賢の姉の夫であるが、五百蔵から本件公売物件買受人名義を貸与されたい旨懇請された結果、昭和二八年一二月二六日名義上本件公売物件を買い受けたものである。他方、破産会社は、破産宣告の日の昭和二九年八月九日以前の昭和二七年四月二八日解散決議をし(登記簿には同年六月一日解散決議をした旨虚偽の記載がなされている。)、五百蔵が清算人に就任し、その事務所を松永二夫弁護士法律事務所においた。右解散決議の日の三日後である同年五月一日浪速化学工業株式会社(以下浪速化学という。)が設立され、五百蔵が代表取締役に、松永弁護士が監査役にそれぞれ就任した。浪速化学は、直ちに本件公売物件を使用占拠あるいは管理し、かつ破産会社の設備を使用し後者の事業を引き継ぎ、これを続行している。被控訴人山田は、昭和二八年一二月二六日本件公売物件を名義上取得しただけであつて、浪速化学が自由にこれを管理あるいは使用しており、その後五百蔵したがつて浪速化学が本件公売物件の一部を他に売却したり、昭和三三年二月下旬一部建物の明渡請求訴訟を提起したりしている。破産会社は債務の履行を免れる目的で解散したものであつて、浪速化学の設立は公序良俗に反するものである。以上の事情を考えあわせると、被控訴人山田の本件公売物件取得、すなわち同被控訴人に対する本件公売処分は形式上のものあるいは仮装のものにすぎず、同被控訴人は浪速化学のために本件公売物件を買い受け取得したものである。

(二)、本件公売当時、本件公売物件の営業価額は六〇〇万円か七〇〇万円であり、その清算価額は三〇〇万円をこえていたものである。本件公売物件のうち大阪市生野区東桃谷区四丁目一四三番地宅地一六三坪及び同区猪飼野中七丁目一番地木造かわらぶき平家建工場一棟建坪三坪四合三勺は昭和三〇年三月一日代金三〇万円で他に売却されている。なるほど一般に公売価額は、時価に比べて低額であるけれども、破産会社はみずから進んで公売処分を招来させ、それに乗じて一挙に負債を整理しようと企図したものであつて、本件公売価額一〇五万円は、一般の例と異り、極端に低額であるから、本件公売処分は違法であつて無効である。

(三)、本件公売は、一種の談合入札によるものである。破産会社は、本件公売物件について株式会社神戸銀行に対し抵当権を設定していたものであり、その優先債権は七四万円であつて、他方、その徴収のため公売の行われた、破産会社の市税等滞納額は三一万余円であつた。右各債務合計額一〇五万円余が公売価額一〇五万円とほぼ一致しているのは偶然でなく関係人間にその協定が行われたものに相違ない。破産会社が現在所有する動産は、その滞納している社会保険料二〇万一一五〇円等の優先債権の弁済に充てられる見込であつて、一般破産債権者に配当が行われる見込は全然ない次第である。以上の事情を考えあわせると、本件公売は破産会社が負債整理の手段としてみずから故意に招いたものであるばかりでなく、前記のように関係人間に協定が行われており、一種の談合入札が行われたものであることが明白である。したがつて本件公売は公序良俗に反する無効のものである。

と述べ、

被控訴人大阪市生野区長(以下被控訴人区長という。)の方で、

(一)、被控訴人山田の妻は山田(旧姓五百蔵)文子であるけれども、同被控訴人が本件公売にあたり破産会社の代表取締役であつた五百蔵義賢に買受人名義を貸与したことはないし、破産会社のため間接に本件公売物件を買い受けたことはない。仮にそうであるとしても、被控訴人区長の知らないことがらである。浪速化学は破産会社と全く別個のものである。旧国税徴収法二六条は訓示規定であつて、これに違反する公売処分が無効となる道理はない。

(二)、浪速化学は、昭和二七年中設立され、その時より後破産会社が所有していた本件公売物件中の建物全部を使用していたものである。その建物は粗悪なものであり、滞納者たる破産会社以外の者がこれを使用していたので、被控訴人区長は当初その見積価格を一四七万円と定めて公売処分に付したのであるが、入札価額がそれに達しないため、再度調査をしたうえ見積価額を一〇〇万円に低減した次第であつて、その公売価額一〇五万円は著しく低額ではないし同被控訴人の裁量の限度をこえるものでない。本件公売物件は、前述のとおり当時浪速化学が賃借しており(それより以前滞納処分による差押が行われてはいたが)、原審鑑定人福西宝作の鑑定の結果によつても、賃借権のある場合の本件公売物件の当時の時価は、一五二万円余であつて、公売価額一〇五万円はそれの約三割低額であるにすぎない。

(三)、被控訴人区長は、関係人と協定あるいは談合したうえ本件公売処分をしたものではない。

と述べ、

被控訴人山田長太郎の方で、

本件公売期日現在の株式会社神戸銀行の破産会社に対する優先債権額は、一二八万五三八〇円であつたが、見積価額一〇五万円による本件公売物件の公売実施前、動産の公売処分が行われた結果、その余剰金五二万〇四七〇円が同銀行に交付されたため、同銀行の優先債権額は約七〇万円に減じた。同銀行より口頭によるその旨の債権届がなされたが、口頭によるその届出をもつて違法とする理由はない。他方、同法一二条一項の規定による滞納処分執行停止は、裁量処分であり、仮に覊束処分であるとしても、その停止をしなかつたからといつて、公売処分を無効とすべき違法はないのである。

被控訴人山田は、本件公売物件を浪速化学の計算において買い受けたものではない。また浪速化学は破産会社と別個の法人格を有するものである。同法二六条に違反する公売処分は、違法であるにしても当然無効となるものではない。本件公売価額一〇五万円が仮に著しく低額であるとしても、取り消し得べき違法があるにすぎない。

と述べたほか、

いずれも原判決事実記載と同一であるから、これを引用する。

(証拠省略)

理由

控訴人の請求をいずれも失当として棄却すべきものとする理由は次の(1)から(3)までを付加するほか、原判決理由と同一であるから、これを引用する。

(1)、原判決一三枚目裏五行目の「二三頁参照)。」の次に「成立に争のない甲第七、第九号証、第一七号証の一、三、四、当審証人塚本浅一の証言によつてその成立の認められる甲第一七号証の二、第一八号証の一、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によつてその成立の認められる甲第一九号証の一から八まで、原審及び当審証人塚本浅一、当審証人山田文代(一部)の証言、当審における控訴人、被控訴人山田長太郎各本人尋問の結果によると、破産会社は昭和二六年一二月一七日その所有の本件公売物件につき大阪市より市税滞納処分としての差押を受け、同年一二月一七日差押の登記がなされたが、昭和二七年四月二九日解散決議をした。その直後破産会社の本店所在地であつた大阪市生野区猪飼野中七丁目一番地を本店所在地とし、取締役も破産会社と同一の浪速化学(代表取締役五百蔵義賢、後に五百蔵政子)が設立され、浪速化学は本件公売物件その他破産会社が所有あるいは使用していた設備を賃借し、破産会社と同一の事業を経営していたところ、昭和二八年一二月二六日五百蔵義賢が自己の妹の夫である被控訴人山田の名義を用いて本件公売物件を本件公売によつて代金一〇五万円で買い受けたことが認められる。前示山田文代の証言、被控訴人山田長太郎本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前示証拠と比べて信用できない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない(他方、破産会社及び浪速化学が前示代金一〇五万円を支出した旨の帳簿その他の証拠はないので、市税滞納者たる破産会社又は前示認定によつて破産会社の営業を承継したものと認められる浪速化学が本件公売物件を間接に買い受けたものと認めることはできない。)。とすると、本件公売物件は、滞納者たる破産会社の代表取締役であつた五百蔵が間接にこれを買い受けたものということはできるけれども、滞納者たる破産会社自身が間接にこれを買い受けたものということはできない。又旧国税徴収法二六条(改正国税徴収法九二条)の規定は、滞納者たる会社の代表者が間接に売却物件を買い受けた場合に準用すべきではないと解するのを相当とする。」を加える。

(2)、原判決一四枚目表一二行目の「原告主張によれば」、から同裏一行目までを「成立に争のない甲第四、第七号証、第九号証から第一一号証まで、第一四、第一五号証、乙第一号証の一(甲第四号証と同一内容)から三まで、乙第二号証、原審証人長尾宏充、亀井秀夫、原審及び当審証人村上正雄の証言、原審鑑定人福西宝作の鑑定の結果、前示認定事実によると、本件公売物件は破産会社に対する市税滞納処分として昭和二六年一二月一二日差し押えられ、同月一七日差押登記がなされていた。被控訴人区長の補助者たる大阪市生野区役所徴収係長村上正雄は、昭和二六年八月から同区における市税徴収の事務に従事しているものであるが、滞納処分としての不動産公売の際の見積価額を定めるについては、固定資産税課税標準価格、近隣の不動産価額その他を参酌していたものであり、本件公売以前に、参考のため必要と認めて鑑定人に不動産の評価をさせたことは一度もなかつた(旧国税徴収法施行細則一二条参照)。もつとも最近被控訴人区長は必要と認めたときはその評価を鑑定人に委託しその評価額を参考にしている。村上正雄の補助により被控訴人区長は、最初昭和二八年一二月一八日の公売日時に先だつて同月八日本件公売物件の見積価額を一四七万円と定めたが、それは浪速化学が賃借権に基づいてこれを使用占有しているものとして定められたものであつた。ところが右公売日時の入札価額は見積価額に達せず、被控訴人区長は再公売日時を同月二六日と定めたのであるが、それに先だつて本件公売物件を再度調査し、同月二一日同様に前示賃借権があるものとしてその見積価額を一〇〇万円に低減した。占有権原を有しない浪速化学が本件公売物件を占有していることを考慮した場合、当時のそれの時価相当額は約二三五万円であつたことが認められる。原審証人塚本浅一の証言のうち右認定に反する部分は信用できない。

してみると、本件公売当時浪速化学の賃借権はすでに前示のように差押登記のなされていた市税滞納処分としての前示差押に対抗できず、したがつて占有権原のない浪速化学が占有しているものと認むべき本件公売物件の時価相当額は約二三五万円であつて、前示見積価額一四七万円、したがつてこれを低減した前示見積価額一〇〇万円(その低減自体を違法とすべき理由は認められない。)は、著しく低額であつて違法のものというべきである。このような著しい見積価額誤認の違法は、およそ見積価額が法律上の売却条件であり、他方入札価額が見積価額に達しないときはその見積価額をもつて市町村に買い上げることができる(旧国税徴収法二四条二項、地方税法三三一条一項)ことに照らし、重大なものというべきである。しかしながら、被控訴人区長はその必要がないものとして鑑定人に本件公売物件を評価させなかつたものというべく(被控訴人区長が鑑定人に評価させなかつたことをもつて違法ということはできない。)、被控訴人区長が買受人に対抗し得る賃借権があるものと誤解したのは無理からぬものと認められるし、又一般に不動産評価が容易でないものでありその評価額は確定不動のものでないことを考えあわせると、被控訴人区長は前示時価が約二三五万円であることを、客観的にみて、知つているべきはずであつたということはできない(被控訴人区長がそれを知つていたことを確認するに足りる証拠はない。)。すると、その違法は重大であるが明白なものということはできないから、本件公売処分をもつて当然無効のものということはできない。」と改める。

(3)  控訴人は、本件公売は関係人間の一種の談合によつて行われたものであると主張するけれども、右主張を確認するに足りる証拠はない。もつとも、成立に争のない甲第八号証、原審証人佐藤康夫、村上正雄の証言によると、本件公売開始直前、破産会社の市税滞納額は三一万円余であり、優先債権額は七四万円であつたことが認められ、その合計額約一〇五万円が本件公売代金額一〇五万円にほぼ一致していたわけであるけれども、これをもつて関係人が談合などしてその公正を害したものということはできない。本件公売が談合又は談合類似行為によるものであることを前提とする控訴人の主張は採用できない。

そうすると、控訴人の請求はいずれも棄却すべきであり、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

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